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業界トレンド情報 第二十二弾『500億ドル超を半導体産業に投じるCHIPS法の成立』

1.CHIPS法の概要と経緯

CHIPS法(正式名称:Creating Helpful Incentives to Produce Semiconductors and Science Act)とは、米国内での半導体の開発および量産やAI(人工知能)、量子コンピュータ、通信技術などへの投資を支援する法案を指す。
元々は超党派の議員が2020年6月に提出した法案で、当初は半導体支援向けに総額370億ドルを投じる内容となっていた。

2021年3月には、米バイデン大統領が先の法案を上回る500億ドルを米国半導体産業の国内生産に向けて投じると発表。
その後上院、下院での可決を経て、2022年8月に同大統領が法案に署名した。

CHIPS法では総額2,800億ドルと大規模な予算が確保されており、このうち5年間で合計527億ドルが半導体産業支援に投じられる。
527億ドルのうち280億ドルは、Intelなどの最先端チップを手掛ける企業や、Micron Technologyなどメモリチップを製造する企業の支援に使われる。

また、100億ドルは、既存チップの生産能力増強やSiC、カーボンナノチューブ材料関連に投じられる。
加えて、110億ドルがNational Semiconductor Technology Center(国立半導体技術センター)をはじめとした米国内の研究開発施設や開発プログラムに用いられる予定となっている。

半導体製造施設向けの補助金としては、1年目に190億ドル、2〜5年目にそれぞれ50億ドルを予定。
1年目の190億ドルのうち、20億ドルがレガシープロセスの半導体工場増設向けとなっている。
申請ごとの助成上限額は60億ドルに設定された。

補助金以外には、税制面での優遇措置も設けている。
米国内企業が半導体製造工場の新設や半導体製造装置の導入などの設備投資を実施した場合、4年間にわたり25%の税額控除が受けられることとなっている。

2.CHIPS法を背景とした米国の工場新設ラッシュ

CHIPS法の可決に伴って、米国内では工場新設の動きが目立っている。

Intelは、米オハイオ州にて2つの新工場を建設する計画だ。200億ドルを投じる予定で、2025年の量産開始を見込んでいる。
立ち上がり当初は5nmプロセス以上の製造を担うが、将来的には2nmプロセスへの対応も予定している。

オハイオ州新工場の竣工イメージ 出所:Intel

オハイオ州新工場の竣工イメージ 出所:Intel

また、米ニューメキシコ州でも新たなパッケージング工場を建設する。
同社の3Dパッケージング技術「Foveros」を用いる予定で、3年間で700名を新たに雇用する予定となっている。

同社は他にも、イスラエルのファンドリ企業・TowerJazzを買収するなど、このところ積極的な動きを見せている。
NANDフラッシュ・SSD事業からの撤退に加えて、PC市場が振るわないことなどから売上が縮小傾向になっており、少し投資スケジュールを見直す模様ではあるものの、以後もCHIPS法のバックアップを受けて生産能力の増強を進める意向となっている。

また、メモリ企業のMicron Technologyも2022年9月、米アイダホ州にてDRAM新工場を建設すると発表した。
10年間で総額150億ドルを投じる計画で、2025年の稼働開始を予定している。
クリーンルームの面積は、単一のクリーンルームでは米国最大級の約55,700㎡に達する見込だ。

それ以外にも、Texas InstrumentsやGlobalFoundriesといった米企業が新工場建設を進めており、CHIPS法の適用に向けた申請を行うものとみられる。

また、工場新設の動きを見せているのは米企業に留まらない。
台湾企業のTSMCが米アリゾナ州で、韓国企業のSamsung Electronicsが米テキサス州でそれぞれ新工場の建設を進めている。
これらに関しても、CHIPS法の制定が背景となっている。

3.CHIPS法に託されたもう一つの意図

CHIPS法は、単に米国内の半導体産業促進を目的としたものではない。
米政府は、中国半導体産業への牽制も併せて明確に打ち出している。

同法を利用して補助金を得た企業は、向こう10年間中国において28nm未満のプロセス技術に新たに投資することが禁止される、というのがその内容だ。

先述の半導体メーカーはいずれも中国に工場を有しており、中でもIntelやSamsung Electronics、TSMCといった企業は既に同国にて28nm未満プロセスを用いた製造を行っている。

特にSamsung Electronicsでは、同社の中国・西安工場が全社の4割程度の生産を担っているとみられる。

ホワイトハウスのホームページに記載されたCHIPS法のファクトシート。”Counter China”と明記されている 出所:米ホワイトハウス

ホワイトハウスのホームページに記載されたCHIPS法のファクトシート。”Counter China”と明記されている 出所:米ホワイトハウス

また、それ以外にも韓国のSK Hynixが米国内に研究開発センターを作る動きが報じられており、建設に際してCHIPS法を利用すれば同様の制約が課せられることとなる(同社も中国内にて28nm未満プロセスを用いた製造を行っており、全社の生産量のうち大きな割合を占めている)。

もちろん禁止されるのは新たな投資に限られるが、それでも中国という半導体消費大国にて以降28nm未満に向けた投資が少なくとも10年間はできないとなれば、中国にとってはもちろん、中国以外の各半導体企業にとっても大きな痛手となるだろう。

そして、同国の工場に半導体製造装置や材料を多く輸出している日本にとっても、ダメージとなる可能性は大きい。

多額の補助金というアメと中国ビジネスへの制約というムチを手にした米政府に対して、半導体企業各社は苦渋の決断を迫られている。
今後もCHIPS法にまつわる動向に注視していきたい。

安部’s EYE

今回のトレンド情報は、「500億ドル超を半導体産業に投じるCHIPS法の成立」と題してアップさせて頂く。

記事にある通り、米国ではCHIPS法の成立に伴い500億ドル超の巨額な補助金を同国内の半導体支援に向け投下することが決定された。

更に本補助金以外にも税制優遇処置として、対象として採択された企業に対し、向こう4年間にわたり25%の税額控除が受けられるとしている。

これこそ正に異次元の国家対策であり、本法案の成立により早速米国内での半導体工場の新設ラッシュが始まっており、その反響たるや計り知れないインパクトとなっている。

各国とも『半導体産業を国家事業と位置付ける』として、具体的な政策が矢継ぎ早に打たれているが、今回のCHIPS法では、総額2,800億ドルもの大規模な予算の確保、予算投下の使い道、税制面の優遇処置、国家安全保障のための対中戦略と言った、いわゆる出口戦略が明確になっており、なるほど米国における半導体産業復権が容易に想像出来るものとなっている。

悔しいかな日本においても2021年6月4日に「半導体・デジタル産業戦略」が公表されはしたが、TSMC誘致やRapidus設立に対する支援以外では未だに全貌が明確になっておらず、残念ながら出口戦略が本気で考えられているのか訝しく感じるのは私だけだろうか?

願わくば、今回の記事が多くの方々に拡散されることで、我が国の半導体産業の在り方や国家戦略としての具現性加速等について議論が進められる一助につながることを期待したい!

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